元来、近江(滋賀)といえば…と問えば琵琶湖やひこにゃんという声が返って来ていた。
しかし、最近になるとある人物の名前が返ってくることが、ままある。
「すみません、ヴォーリズさんの建物はどちらでしょうか」と。
ヴォーリズとは、大正時代に米国から近江八幡市に渡ってきたキリスト教伝道師、そして後の建築家である。
[
ヴォーリズ記念館ウェブサイト]
↑細かな説明は、こちらを参考にしていただければ幸いである。
このヴォーリズという人は、日本にキリスト教を広めるためYMCAの一員としてやってきた。しかし、彼はキリスト教を押し付けようとはしなかった。日本人の暮らしの中に、キリスト教の教示に基づいた健康的で文化的な生活を伝えようとした。
日本で伝道師として暮らすうちに、、彼は建築を通じて日本の生活様式をより良いものにしたいと考えた。だがそれは西洋建築の押し売りではなく、和と洋の優れた部分を合わせたものだった。そして、それはいつも建物を使う人の立場を考えたものであった。
前置きが長くなったが、今日は彦根市内で最近発見されたヴォーリズ建築の一般公開があった。

この日夏里館という建物は、かつて日夏町役場兼農業組合事務所として昭和十年(1935)に建てられた。戦後すぐ彦根市と合併すると、その後は公民館と農協支所として半世紀近く住民に使われていた。
(写真は建物裏手)

その後所有権が移り、ここ数年は建物は封鎖されていた。老朽化もあり、取り壊すという話もあった。だが、ある町民の方が、町の歴史を見届けたこの建物の取り壊しを惜しんだ。そしてその方が買い上げ、現在は自治会や有志の方々が町のシンボルとして保存管理を行い始めた。
(写真は建物正面右手)

しかしこの建物を調べていくうちに、昭和初期にヴォーリズ建築事務所(現:一粒社ヴォーリズ建築事務所)に設計を依頼していたこと、そして当時の設計図が現存していることが判明した。設計はヴォーリズ建築事務所、建築士は小川祐三となっている。そこにヴォーリズ自身の名はない。同事務所が設立して30年近く、恐らく監修として後進の育成に乗り出した頃だと思われる。
(写真は建物正面左手。喫茶店が併設している。)

1Fは役場窓口や町長室、農業組合事務所などが併設していた。この階段は建物裏手になる。

ヴォーリズ建築は外観での見極めが難しい。だが、階段を見るとすぐに分かるという。
昭和初期の建物では珍しい緩やかな段差、踊り場と採光の窓、そして広い手すりだ。

他のヴォーリズ建築では、この手すりを滑り台にして遊んだという話をよく聞く。
それほどに緩やかな傾斜で、使う人の事を考えた設計になっている。

二階はかつては議場として、現在は集会場として使われおよそ百畳の広さだという。
私もヴォーリズ建築は好きだけど、これほど広い畳敷きは全国でもここだけだと思う。
天井も、当時のままの形を保っているという。

この日はNPO法人一粒の会理事の石井和浩先生の講演であった。自身が再生・活用に携わった同じヴォーリズ建築の事例を基に、今後の日夏里館の活用へのアドバイスや同建築関係者のネットワークの構築、ヴォーリズの提唱した建築の理念をお話しされた。

同じ彦根には国宝の彦根城が四百年も建ち続けているし、築百年を超す寺や古民家も少なくない。だが、他明治以降の建物は意外と少ない。戦災は彦根では皆無であり、耐久年数を超え取り壊されたものや、敗戦を経ての価値観の変化が理由だと思う。戦後、様々な公共施設が現代の価値観にあったものに建て替えられた事を見れば明らかである。
しかし、その「便利」のために、もっと大事な何かを捨て去るような気がする―
日本の歴史において、近江とは創造と破壊の歴史を重ねた国だと私は思う。東国・北国からの京への回廊として、様々な建築物や文化財が生まれては、権力者の都合で消えていった。今、その権力者とは誰なのだろうか。それは決して政治家や土地の有力者ではないと思う。
隣町の建物や風景がなくなっていったところで関係ない、新しいモノのほうが便利である―
本当に大事なものを追いやるのは、無関心な無名の市民一人ひとりではないだろうか。
そして、それを救うのは、愛着ある無名の市民一人ひとりではないだろうか。

近年、ヴォーリズ建築の価値や精神を見直す動きが全国各地で起こっている。かつて取り壊し問題に揺れた豊郷小学校も、改修を終えて町のシンボルとしての再スタートを歩み始めた。一方で、福島にあった教会建築や神戸の個人宅など、人知れず取り壊されていく建物も少なくない。
この日夏里館が、一日でも長く多くの人に愛されることを願いながら、ヴォーリズの言葉で締めたいと思う。
―住宅は本来住むためのものです。
同様に言えば、学校は教育的計画のための家として考案された道具です。
病院は病人の自然な回復力を助けるための機械です。
商業建築は能率的な業務運営の中心です。
このような建築を個人的な気まぐれや思いつきで着飾り、
自己宣伝のための広告塔や博物館向きの作品のように心得て設計すべきではありません。
建物の風格は人間の人格と同じく、その外観よりもむしろ内容にあります。―
( 「ヴォーリズ建築事務所 作品集」 序言より抜粋)

(かつての町役場の柱時計)